*

『プリズナーズ』他人の不幸は蜜の味

公開日: : 最終更新日:2019/06/11 映画:ハ行

なんだかスゴイ映画だったゾ!

昨年『ブレードランナー2049』を発表したカナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のハリウッド進出作『プリズナーズ』。自分は同監督の『ボーダーライン』を観てから、すっかり注目してしまい、こうして遡って作品を観はじめてる。今のところハズレなしの監督さん。

『プリズナーズ』は上映時間が2時間半もある長尺なサスペンス・スリラー。この長さに観るまえかなり躊躇した。自分は長尺な映画はちとニガテ。集中力が切れたりトイレが気になってしまう。この忙しい世の中では、短めで質の高い作品を求めがち。しかしながらこの『プリズナーズ』、途中で休憩入れるどころか、先が気になって気になって、ストップボタンを押すことができない。映画は派手なことが起こるわけでもなく、じっくり間をとった静かな演出。なのにグイグイ引き込まれていく。

スリラーものはいくらでも雑につくれる題材。じっくりと計算された地味な演出で、ただの登場人物紹介の場面かと油断していると、のちのち重要な伏線が隠されていたりして、ニヤリとする。シリアスな緊張感ある雰囲気の中にも、クスッとさせるユーモアもある。タイトルの『プリズナーズ』と複数形なのも意味アリ。

主役のヒュー・ジャックマンとジェイク・ギンレイホールって、こんなに上手い役者さんだったんだと感心する。

撮影は美意識の高い映像づくりのロジャー・ディーキンス。コーエン兄弟やサム・メンデスなど、映像派の監督とよく組んでアカデミー賞も14回もノミネートされてる。先日発表されたアカデミー賞では『ブレードランナー2049』でやっとこさオスカーゲット! なんだか嬉しい。

音楽は今年の2月に急逝したヨハン・ヨハンソン。カメラマンと作曲家はヴィルヌーヴ作品の常連スタッフゆえに、ヨハンソンが亡くなったのは非常に残念。この布陣でこれからも多くの名作が生まれたかもしれない。

映画は感謝祭を祝う田舎町のご近所さんたちのパーティー場面から始まる。すると小さな娘たち2人が、忽然といなくなる。これが誘拐事件へと繋がっていくのだが、普通の生活の中から突然犯罪に巻き込まれていく空気感がリアル。これを熱量や勢いで描くのではなく、あくまで大人な、冷静で卓越した演技や映像技術でみせていく。

観客は「もし自分の身に同じようなことが起こったらどうしよう?」と感情移入しながらも、やっぱり人ごとなので、物語がどう進んでいくのかワクワクしてしまう。同情と好奇心。

ドラマやゴシップが絶えず注目されるのは、人というのは誰でも多かれ少なかれ、他人の不幸におもしろがってしまう意地悪な性根があるからだという。ドラマの脚本を作るにあたって、どれだけ愛すべき登場人物に過酷な状況を背負わせるかが、物語を面白くさせるキモ。登場人物は与えられた困難を、いかに潜り抜けていくか? 作者は自分で自分の首を締めながら、その活路を見出していかなければならない。

自分はこの映画の公開時、作品の存在を知らなかった。なんでも本国アメリカでは、そこそこヒットして話題になったらしい。評論家による前評判が良くて、それに期待した観客が劇場に足を運んだらしい。こんな上質なエンターテイメント作品が、一般に受け入れられるとは、アメリカの観客は目が肥えてらっしゃる。日本ではあり得ない現象だ。

日本はまず映画館で映画を観る習慣がない。映画大国アメリカとは、文化的土壌が違う。評論家の意見を参考に作品を選ぶというのはなんだか知的だ。これは日本に限らずだろうけど、評論家や映画関係の著名人が、大手映画会社から雇われて、駄作まで褒めてしまう広告塔になってしまうこともなきにしもあらず。だからなんだか信用できない。だからと言って毒舌が良いとは思わないけど。

『プリズナーズ』は、サイコパス犯罪の作品だと思うが、自分はどうもいままでこういった猟奇猟奇した作品はピンとこなかった。あまりに自分とは関係ない世界の話に思えてしまうからだ。この『プリズナーズ』は、あくまで市井の人々が犯罪に巻き込まれていく。これなら感情移入しやすいし、ズシンと響く怖さがある。

他人の不幸を興味本位でおもしろがる。人間の持つ下品な趣味を、知的なオブラートに包んでエンターテイメントにする。下衆と芸術は紙一重なんだなと、つくづく思う。

関連記事

『プライベート・ライアン』 戦争の残虐性を疑似体験

討論好きなアメリカ人は、 時に加熱し過ぎてしまう事もしばしば。 ホントかウソかわから

記事を読む

『バーフバリ』 エンタメは国力の証

SNSで話題になっている『バーフバリ』。映画を観たら風邪が治ったとまで言われてる。この映画を

記事を読む

『ヒックとドラゴン』真の勇気とは?

ウチの2歳の息子も『ひっくとどらぽん』と 怖がりながらも大好きな 米ドリームワークス映画

記事を読む

『日の名残り』 自分で考えない生き方

『日の名残り』の著者カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。最近、この映画版の話をしてい

記事を読む

『プライドと偏見』 あのとき君は若かった

これまでに何度も映像化されているジェーン・オースティンの小説の映画化『プライドと偏見』。以前

記事を読む

『パシフィック・リム』 日本サブカル 世界進出への架け橋となるか!?

『ゴジラ』ハリウッドリメイク版や、 トム・クルーズ主演の 『オール・ユー・ニード・イズ・

記事を読む

『ふがいない僕は空を見た』 他人の恋路になぜ厳しい?

デンマークの監督ラース・フォン・トリアーは ノルウェーでポルノの合法化の活動の際、発言して

記事を読む

no image

『パンダコパンダ』自由と孤独を越えて

子どもたちが突然観たいと言い出した宮崎駿監督の過去作品『パンダコパンダ』。ジブリアニメが好きなウチの

記事を読む

『PERFECT DAYS』 俗世は捨てたはずなのに

ドイツの監督ヴィム・ヴェンダースが日本で撮った『PERFECT DAYS』。なんとなくこれは

記事を読む

no image

『ブラック・スワン』とキラーストレス

  以前、子どもの幼稚園で、バレエ『白鳥の湖』を原作にしたミュージカルのだしものがあ

記事を読む

『動くな、死ね、甦れ!』 過去の自分と旅をする

ずっと知り合いから勧められていたロシア映画『動くな、死ね、甦れ

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チ

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

→もっと見る

PAGE TOP ↑