『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 特殊能力と脳障害
いま中年に差し掛かる年代の男性なら、小学生時代ほとんどが触れていた『機動戦士ガンダム』。いまだにシリーズ最新作が製作され続けている。興味のない人には、「まだやってるの?」としか言いようのないアニメ。その最新作映画『閃光のハサウェイ』が公開された。
コロナ禍で何度も劇場公開が延期になって、満を持してお披露目となる。自分は『ガンダム』は好きで、ほとんどの作品は観てきた。でもさすがにこの新作映画は映画館で観なくとも、いずれ配信かレンタルで観ればいいと思っていた。しかしですよ、SNSではすこぶる評判なのです。
『閃光のハサウェイ』は、『機動戦士ガンダム』第1作目の富野由悠季総監督が書いた小説が元になっている。この原作小説、20年くらい前に読んだ。とても読みづらい文体の小説だった。そもそも富野由悠季監督は、「自分には文才がない」と、よく発言している。富野節と言われる独特の台詞回しは、計算されたものではなく、ヘタウマがなせる技。子どもの頃、『ガンダム』の作中で交わされる会話の意味が理解できず、「いつか大人になったらわかるのかなぁ」と思っていた。でも実際大人になって『ガンダム』を観直してみても、やっぱり意味がわからない。子どもが分からなければ、大人もわからない。そんなもの。曖昧な表現の原作だからこそ、いくらでも脚色の可能性は見つけられる。そこをこの映画版が突いてくる。人気シリーズを継承しつつ、慣例を破壊している。
さて、このコロナ禍ですっかり不要不急の外出を避けるようになった自分は、映画館に行くなんて腰が重い。しかも『閃光のハサウェイ』の入場料金は、特別興行価格の1,900円均一となっている。高い。自分は映画を観るときには、いつも一般通常料金で観ない方法を駆使している。サービスデーや割引時間帯を選ぶ。そのすべての割引サービスが適用されない!
一瞬、映画を観に行くのを断念しようとした。チケット代の高額さから、一定数のファンの足元を見ている感は否めない。けれども『閃光のハサウェイ』は、興行成績がガンダムシリーズで過去最高らしい。この高額な入場料が興行成績に反映しているなら、ちょっと反則。
『閃光のハサウェイ』の入場料金が高いと文句を言っている人はいないかとネットを覗いてみる。「閃光のハサウェイ 高い」と検索してみると、「閃光のハサウェイ クオリティ高い」と変換されて引っかかってきた。この作品、どうやら高額料金を忘れさせるほどのアニメのようだ。そもそもネットで「料金が高い」とケチくさい発言をする方が、野暮というものか。
先日『鬼滅の刃』の興行成績が400億円越えとなり、過去の『千と千尋の神隠し』の成績を上まったことがニュースとなった。でも『鬼滅』と『千と千尋』の時代では物価も違う。映画の成績は、興行収入で見るのではなく、観客動員数で見なければフェアではない。『閃光のハサウェイ』の興行収益は、現在15億円。『ガンダム』シリーズで過去最高の収益なら、意外とガンダム映画は客が入ってない。
のこのこ映画館へ来てみると、客席には予想通りおじさんばかり。中には女性もいるが、やはり中年以上。劇場内の平均年齢高し。自分はドルビーシネマやIMAXのような特別興行ではなく、通常上映版でこの映画を観た。それでも従来の映画より高画質高音質に感じた。オリジナルデータのスペックがそもそも高いみたい。なんとも贅沢な気分になった。さっきから「高」という文字ばかり書いているが、その高い入場料も確かに忘れさせる。今回は国内完結のマーケットではなく、最初から世界標準を狙った、ビッグバジェットにての豪華な製作。
ずっと以前に読んだ原作小説。記憶がどんどん蘇ってくる。物語は原作通りだけど、なんだかちょっとニュアンスが違う。映画『閃光のハサウェイ』は、ガンダムだけどガンダムじゃない。まるで洋画を観ているような感覚。真っ先に浮かんだのは『007』シリーズ。諜報戦やゴージャスな衣装デザインやインテリアにガジェット。男女のやりとり。はたまたハリウッドのミリタリーアクション。黒澤明監督の時代劇の匂いも。とりあえずガンダムオタクのおじさん以外の客層も取り込もうとしてる。
登場人物たちはみな、手を血に染めた、危険なこと大好きな新奇探査傾向の人間たち。今までのガンダムの登場人物たちは、どちらかというと記号的で、現実には存在しなさそうな人物ばかりだった。今回のガンダムのメインの3人の性格は、ずっと現実味を帯びた性格になっている。この男女3人の三角関係も楽しい。
ガンダムに登場する巨大ロボットはモビルスーツというのだけれど、このモビルスーツ戦の描き方が斬新で、とても怖かった。原作小説でも富野監督が、きっとこれはアニメでは表現できないアイデアだろうと思いながら執筆していた場面だろう。まさか読書中の脳内スクリーンに映し出されたイメージよりも、遥かに凌駕するほどの映像が眼前に現れるとは。
主人公はハサウェイ・ノア。ガンダムシリーズ最多出演のキャラクター・ブライト・ノアの息子。平気で人を殺せるくせに、女性にはチェリーなところがガンダムキャラっぽい。ガンダムの主人公は、拗らせた性格の人物が多いが、ハサウェイは過激な冒険家や活動家タイプといったところ。ライバルのケネスも、一見気のいい兄ちゃんに思えるが、かなりオラった武闘派。そしてヒロインの美女ギギ・アンダルシアがいい。
今までガンダムシリーズに登場した女性キャラは、容姿端麗だけど性格が悪い人ばかりだった。綺麗なお姉さんは好きだけど、やっぱり女は嫌いという、ミソジニーおじさんの象徴。小説のギギもその系譜のキャラクター。今回のキャラクターデザインの絵のタッチが変わったのも大きい。アニメにより過ぎず、リアルになり過ぎでない。
ガンダムには、戦っている相手と心の交流がでる「ニュータイプ」というテレパシー能力を持った人が登場する。この超人的存在が、ガンダムをロボットアニメにとどめず、SF作品として魅力を持たせる。
初期のガンダム制作時には、ニュータイプの存在はファンタジーだった。あれから40年以上経ち、心理学や脳科学が進歩した。ニュータイプの概念もいよいよ現実味を帯びてきた。
ギギは物語の当初から、ハサウェイやケネスの素性を言い当てている。まるでシャーロック・ホームズの推理のよう。今となってはホームズの人並外れた洞察力は、脳障害のなせるギフテッドなのが分かる。ギギ・アンダルシアは並外れの直感力がある。彼女の破天荒な振る舞いは、男たちを誘惑する意図のものではない。その瞬間瞬間は正直で、一人になりたくないから誰かに甘えてみたり、あれだけ取り乱していたのにケロッと忘れてしまったりしてる。脳の処理能力が普通じゃない。そもそもギギは、男を翻弄するどころか、もっと無邪気で子どもっぽい。容姿が綺麗すぎるから、神秘的に見えてしまうだけ。
富野由悠季監督はじめ、当初のスタッフたちが描きたかったであろう人物像が、この映画版『閃光のハサウェイ』のギギ・アンダルシアでやっと開花した。ギギがリアリティのある人物像としてみえてきた。そうなると、ニュータイプも脳障害のひとつなのだと頷ける。人が想像するものは、大抵現実に存在する。ギギからすれば、ハサウェイもケネスも、勝手に自分の前であたふたしているようにしか見えない。そしてこのメインの3人は皆揃ってサイコパス。
一見ミステリアスなギギ・アンダルシアにいちばん感情移入してしまう自分は、我ながらかなり危険な感性なのかもしれない。
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