『世界の中心で、愛をさけぶ』 フラグ付きで安定の涙
新作『海街diary』も好調の長澤まさみさんの出世作『世界の中心で、愛をさけぶ』、通称『セカチュー』。公開から既に10年以上経つこの映画。もう話題にするのも恥ずかしいくらいの大ヒット作。片山恭一氏の原作小説も売れ、当時人気若手監督だった行定勲監督作。これが遺作となる篠田昇氏のカメラワーク。スタッフも豪華。原作が売れれば映画もヒットするのでは? という幻想が未だに続くきっかけとなった作品でもある。
この作品で特徴なのは長澤まさみさんが演じる主人公が病によって死ぬということをあらかじめ観客に伝えているということ。「この人、この後死ぬからね」の約束のもとに映画が進んでいくのです。本作後、パートナーの片方が病で倒れていくのが見せ場となった恋愛ものの如何に多いことか!? これらの「難病恋愛もの」も、あらかじめ死ぬことを約束された登場人物の話。
人生、いつ死がやってくるかわからない。そして必ずすべての人に死はやってくる。死をあらかじめ予告されることで、死の葛藤から逃げているよう。なんでも今、「人の死」をふくめて、人生の困難をネガティブとみる傾向がある。本当はその困難を越えていくことが最大のドラマのはず。ネガティブと思しき題材を扱ったことで起こるクレームが怖いばかりに、表現のわくを制作側で勝手に閉じてしまっているのだ。
軽はずみにクレームを発することの問題。いま作り手に簡単に文句を言えすぎるのかも知れない。イヤなら観なければいいだけなのに。ちょっとやそっとのクレームに動じないくらいの信念も制作者側に持って欲しい。人の心を動かすのには、それなりの覚悟が必要。それに、「死」はネガティブなものではない。
人は死を意識するからこそ一生懸命生きる。死ぬことと対峙することは、自分の人生を大切に考えることのきっかけにもなる。いま長寿ばかりが善かれとされている風潮がある。長いばかりの人生が果たして意味のあるものなのだろうか? 生ける屍となって、ネット漬けや金に縛られて体が動かなくなるよりももっと実感のある生き方もあるのではないだろうか?
むやみやたらに「生き残る」ことに執着するのは、一生懸命生きていない証拠。物語で「死」を扱うのは勇気のいること。だからこそ触れていかなければいけない題材。「死」はネガティブだから扱えないという頭の固いことを言っているようじゃ、今後日本で良質な作品は生まれてこないでしょう。さらに、「死」を茶化すのは、もっとも不真面目なこと。とはいえ難病ものでお涙頂戴は、鉄板なのだろうけど。
関連記事
-
-
『デューン 砂の惑星 PART2』 お山の大将になりたい!
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ主演の『デューン』の続編映画。超巨大製作費でつ
-
-
『総員玉砕せよ!』と現代社会
夏になると毎年戦争と平和について考えてしまう。いま世の中ではキナくさいニュースば
-
-
『哀れなるものたち』 やってみてわかること、やらないでもいいこと
ヨルゴス・ランティモス監督の最新作『哀れなるものたち』が日本で劇場公開された2024年1月、
-
-
『ベルサイユのばら』ロックスターとしての自覚
「あ〜い〜、それは〜つよく〜」 自分が幼稚園に入るか入らないかの頃、宝塚歌劇団による『ベルサイユの
-
-
『MINAMATA ミナマタ』 柔らかな正義
アメリカとイギリスの合作映画『MINAMATA』が日本で公開された。日本の政治が絡む社会問題
-
-
『日本のいちばん長い日(1967年)』ミイラ取りがミイラにならない大器
1967年に公開された映画『日本のいちばん長い日』。原作はノンフィクション。戦後20年以上経
-
-
『コクリコ坂から』 横浜はファンタジーの入口
横浜、とても魅力的な場所。都心からも交通が便利で、横浜駅はともかく桜木町へでてしまえば、開放
-
-
『チェンソーマン』 サブカル永劫回帰で見えたもの
マンガ『チェンソーマン』は、映画好きにはグッとくる内容だとは以前から聞いていた。絵柄からして
-
-
『スイス・アーミー・マン』笑うに笑えぬトンデモ・コメディ
インディペンデント作品は何が出てくるかわからないのが面白い。『スイス・アーミー・マン』は、無人島に一
-
-
『T・Pぼん』 マンスプレイニングはほどほどに
Netflixで藤子・F・不二雄原作の『T・Pぼん』がアニメ化された。Netflix製作とな
- PREV
- 『あん』 労働のよろこびについて
- NEXT
- 『レクイエム・フォー・ドリーム』 めくるめく幻覚の世界
