*

『ダイナミック・ヴィーナス』暴力の中にあるもの

公開日: : 最終更新日:2021/08/17 アニメ, 映画:タ行

佐藤懐智監督と内田春菊さん

今日は友人でもある佐藤懐智監督の『ダイナミック・ヴィーナス』を紹介します。先日、佐藤懐智監督と漫画家であり作家の内田春菊さんのトークイベントにおじゃまさせて頂きました。演目は『DVって何なの?』。この『ダイナミック・ヴィーナス』はドメスティック・ヴァイオレンスを題材にした作品なのです。いじめられればいじめられるほど強くなるスーパーヒーローの話です。佐藤懐智監督はDVや暴力についてとことん調べた上での脚本執筆をしています。作中には近年日本で起こった事件もとりあげているのですが、本作の完成は2014年、今年までのこの一年の間に日本では更なる憂慮すべき問題が増えてきているのがとても残念です。

 

佐藤懐智監督曰く、「この作品は社会風刺なのだけれど、社会風刺というのはどちらかに偏った視点で描いてはいけない。批判するなら全部批判する。中立でなければ社会風刺ではなくなってしまう。もしどちらかに偏ったら、それはプロパガンダになってしまうから」。社会には風刺が必要だ。閉塞感の多い今の日本のような社会ならなおさら必要。この作品はとんがった内容ではあるのだけれど、物語の構造はものすごく基本に則っている。基本とは『起承転結』やら『序破急』、『ハリウッドスタイル』といった類いのもの。どんな物語であれ、この基本を元に構築されないと、観客は面白いと感じないのです。不思議なものです。もしその原則を破った作品を観ると、たいていわけがわからないものになってしまう。『ダイナミック・ヴィーナス』は一見エキセントリックに感じるけれども、これでもかというくらいきちんと物語や心理が描かれているのです。

この作品は欧米では多くの賞を獲得しました。海外では原発のことや秋葉原通り魔事件のこと、尖閣問題や北の某国のことはあまり知られていません。本来ならば「分からない国の分からない話」にもかかわらず評価されているとのことです。ちなみにアジアではことごとく受けが悪いそうです。デリケートな問題なのでしょうね。

人間が本来持っている暴力性がテーマの本作。あえて暴力描写をダイレクトに描くことで、世の中を風刺している。自分は、かなりまっとうな道徳的(?)な作品という印象を受けた。作者のまじめさが伺え、とても好感が持てます。批判の声はいつも細かいところを指摘してくるそうです。やれ「暴力描写が」とか「犬がかわいそう」とか。そこを描くからこそのテーマなのに。根本的にものごとを分析する能力の低さに愕然とします。

佐藤懐智監督はあえてアジテーションとしてと前置きしてこう語ります。「いまの日本の作品は、観客を甘えさせ過ぎなのではないだろうか? そういった企画しか通らないのも問題だ」。自分もこれには激しく同意します。作者が観客に「これわかるか?」と仕掛けて来たり、観客が作品を如何に深読みするかとかの駆け引きが、今の世の中なくなっている。制作側も観客側もナアナアでは、お互いの人生もめちゃくちゃな方向へ向かうことだろう。作品を創るということは、たとえ娯楽作品であっても創り手にはもっと高尚な志が必要なのだと常々感じる。佐藤懐智監督にはもっともっと、今の日本の作品らしからぬ作品を作って欲しい!!

ちなみに佐藤懐智監督の次回作は、社会風刺作ではなくて60年代フレンチムービー風の恋愛ものだそうです。そのまったく違ったアプローチにまた期待してしまうのです。

 

関連記事

『天使のたまご』 アート映画風日本のアニメ

最新作の実写版『パトレイバー』も話題の世界的評価の高い押井守監督の異色作『天使のたまご』。ス

記事を読む

『トーチソング・トリロジー』 ただ幸せになりたいだけなのにね

最近日本でもようやく意識が高まりつつあるジェンダー問題。オリンピック関係者の女性蔑視発言で、

記事を読む

『アオイホノオ』 懐かしの学生時代

自分は早寝早起き派なので 深夜12時過ぎまで起きていることは 殆どないのだけれど、 た

記事を読む

no image

『虹色のトロツキー』男社会だと戦が始まる

  アニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGINE』を観た後、作者安彦良和氏の作品

記事を読む

『タクシー運転手』深刻なテーマを軽く触れること

韓国映画の『タクシー運転手』が話題になっている。1980年に起こった光州事件をもとに描いたエ

記事を読む

『マッドマックス フュリオサ』 深入りしない関係

自分は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が大好きだ。『マッドマックス フュリオサ』は、そ

記事を読む

『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』 そこに自己治癒力はあるのか?

自分はどストライクのガンダム世代。作家の福井晴敏さんの言葉にもあるが、あの頃の小学生男子にと

記事を読む

『2001年宇宙の旅』 名作とヒット作は別モノ

映画『2001年宇宙の旅』は、スタンリー・キューブリックの代表作であり、映画史に残る名作と語

記事を読む

no image

『総員玉砕せよ!』と現代社会

  夏になると毎年戦争と平和について考えてしまう。いま世の中ではキナくさいニュースば

記事を読む

『未来少年コナン』 厄介な仕事の秘密

NHKのアニメ『未来少年コナン』は、自分がまだ小さい時リアルタイムで観ていた。なんでもNHK

記事を読む

『たかが世界の終わり』 さらに新しい恐るべき子ども

グザヴィエ・ドラン監督の名前は、よくクリエーターの中で名前が出

『動くな、死ね、甦れ!』 過去の自分と旅をする

ずっと知り合いから勧められていたロシア映画『動くな、死ね、甦れ

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チ

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

→もっと見る

PAGE TOP ↑