*

『タリーと私の秘密の時間』 幸福という名の地獄

公開日: : 映画:タ行

ジェイソン・ライトマン監督の作品のテーマは、いつもグッとくる。自分と同年代の監督さんということもあってか、人生で問題となるトピックが毎回タイムリー。

ジェイソン・ライトマン監督といえば、『ゴースト・バスターズ』のアイヴァン・ライトマン監督の御子息でもある。お父さんは、王道エンターテイメントのブロックバスター監督だけど、息子のジェイソンは社会派で、ピリリと辛いインディペンドな作風。このジェイソン・ライトマン監督の次回作は、お父さんの代表作『ゴースト・バスターズ』の続編。果たしてどうなるか。センスの良い監督さんだから、ひねりの効いたエンターテイメント作品になりそう。期待大。

ジェイソン・ライトマン監督作品は、予告編を観たら、必ず「観たい!」と興味を惹く。でもなんとなく見逃してしまう。ハートをガッチリ掴んでしまう題材選びで、観たら絶対面白いに決まってるのだけど、なにせ地味。いつの間にか上映も終わって、誰も話題にすることがない。ふと思い出したときに観なければいけない作品ばかりだ。

『タリーと私の秘密の時間』は、ジェイソン・ライトマン監督とシャーリーズ・セロン主演でタッグを組む二作目。そういえば前作『ヤング≒アダルト』も観てなかった。あの映画のシャーリーズ・セロンのファッションが良くて、観たいなあと思っていた。タイトルからして、かなり痛々しそう。次は『ヤング≒アダルト』観ようかな。邦題にだけくっついてきた『≒(ニアリー)』って、何だろう?

今回の『タリーと私の秘密の時間』は、育児鬱がテーマ。ママさんの育児ワンオペ問題は、世界共通だと知ってホッとした。いや、ホッとしてちゃいけない。この問題を無視し続けたら、世界的のママさんは全員鬱になり、地球規模の少子化になってしまう。まあ、人類が減ったら減ったで、環境汚染問題が一気に解決しそうだから、大きな目で言えば一長一短か。

自分は父親だから、母親のワンオペ育児の過酷な労働は経験していない。育児でいちばん過酷な時期は、赤ん坊が生まれての3年間。親はその期間、自分のことなどまったくできなくなってしまう。母親ならば、24時間体制の赤子の奴隷と化す。映画で描かれる育児業務の過酷さは、ちっとも大袈裟とは感じない。まさに戦場。

よく若い母親が、赤ちゃんを殺してしまうというやるせない事件を耳にする。そのニュースを聞くたび、他人事ではないとゾッとする。追い込まれた親が、ふと我が子を死なせてしまうのではないかという恐怖。今日もなんとか生き延びられた、でも明日は? そもそも気がつけば明日が今日になっている。もう何ヶ月もまともに睡眠が取れていない。無限に続く孤独と恐怖。今日も赤ん坊とだけで過ごしてるだけの一日。誰とも会話していない。

ワンオペ育児がずっと続けば、気が狂うのも当然。街を歩けば、見知らぬどこかのおばさんが突然「あなたのその育て方はおかしい」と、説教をたれてくる。その先輩のお節介が最大の迷惑だったりする。母親にとって、渡る世間は鬼ばかり。鬱になれば尚のこと、世界が暗闇に見えてくる。

イクメンもすっかり当たり前の世の中になったけれど、社会はまだまだ父親に育児を許してくれない。夫が育児に参入した途端、職場のハードワークとの両立で、イクメンパパも鬱になってしまうこともある。母親は子どもを産んだ瞬間から、我が子中心の思考にシフトチェンジする。子孫を残そうとする無意識の本能のスイッチが入る。そうするとパートナーのことは目に入らなくなる。相手にされなくなった父親は、悪気もなく育児に無関心になっていく。映画は育児の辛さを、これでもかと見せつけてくる。

産前産後の妊婦の体は、自身の思うように動かない。体型も崩れてしまう。突然障害者になったのと同じ。昨日まで華のようにチヤホヤされてた女性が、急に醜い生き物のように扱われる。その身体的な衝撃を、シャーリーズ・セロンが肉体改造をして演じ切っている。我々観客は、普段の彼女のカッコいい体型を知っている。だからこその絶望感。

先日、日本テレビの『金曜ロードショー』で、『おおかみこどもの雨と雪』を放送していた。この映画は育児ファンタジー。そもそも作品自体が現実逃避色の強い日本のアニメーション。育児をふわふわの甘い感じで描いている。この映画のターゲットは若い人。これから恋愛をし、家庭を築いていきたいなぁと夢を膨らませている世代に、これから地獄のような戦いの日々が待っているとは伝えづらい。実際に育児を経験した人から見れば、このアニメ映画はどこか物足りない。こんなに可愛く育児ができるはずはない。子どもを育て上げた親は、急激に老け込む。心の準備ができて親になる人なんていない。強引に親にされていく。諦めの境地。

『タリーと私の秘密の時間』は、これといって明確な解決策を示してくれない。ただ主人公が周囲にSOSをだせるきっかけを見つけただけ。現実にはそれが精一杯。そして確実な第一歩。一見ジェイソン・ライトマン監督の視点は辛辣に思える。しかし大きな意味で捉えれば、映画の視点は優しく温かい。

人は親になると「親とはこうあるべき」などと、「あるべき地獄」に陥りやすい。他人に迷惑をかけないようにする、自助の重要性と我々は幼い頃から教え込まれてきた。しかしそれはなんら悩みのない人が発する詭弁。困ったとき弱ったときこそ、頼り頼られるのが人間らしい社会。誰だっていつ社会的弱者になるかわからない。強者の理屈で成立している社会は崖っぷち。社会問題を声高に訴えたりしないところが、ジェイソン・ライトマンのセンスの良さ。

世の中にはまだまだ作品として描くべき題材が山積している。身の回りにある問題を一つひとつ整理して、じっくり向き合う必要がある。情報過多の社会で、カオスのまま過ごしてしまっては人生もったいない。誰かが創作する物語が、人生の整理整頓のToDoリスト作りに参考になることもある。

問題が見えてくれば、次にどう行動すればいいか自ずと見えてくる。人生の未来設計に、物語を参考にするのも映画鑑賞の楽しみ方のひとつだ。物語を楽しむ行為は、自分がまだ経験していない他人の人生を知るシミュレーション。物語に触れ視野が広がるからこそ、それをきっかけに知的好奇心が疼いていくのだろう。

関連記事

『ターミネーター/ニュー・フェイト』 老人も闘わなければならない時代

『ターミネーター』シリーズ最新作の『ニュー・フェイト』。なんでもシリーズの生みの親であるジェ

記事を読む

『たちあがる女』 ひとりの行動が世界を変えるか?

人から勧められた映画『たちあがる女』。中年女性が平原で微笑むキービジュアルは、どんな映画なの

記事を読む

『超時空要塞マクロス』 百年の恋も冷めた?

1980年代、自分が10代はじめの頃流行った 『超時空要塞マクロス』が ハリウッドで実写

記事を読む

no image

『トンマッコルへようこそ』国は反目してても心は通じるはず

国同士が争うと、個人が見えなくなってしまう。もしかしたら友達になれるかもしれない人とも傷つけ合わなけ

記事を読む

no image

『トゥモロー・ワールド』少子化未来の黙示録

  人類に子どもが一切生まれなくなった 近未来を描くSF作。 内線、テロ、人

記事を読む

no image

『東京ゴッドファーザーズ』地味な題材のウェルメイドアニメ

  クリスマスも近いので、 ちなんだ映画をセレクト。 なんでもこの『東京ゴッ

記事を読む

『ホドロフスキーのDUNE』 伝説の穴

アレハンドロ・ホドロフスキー監督がSF小説の『DUNE 砂の惑星』の映画化に失敗したというの

記事を読む

『デューン/砂の惑星(1984年)』 呪われた作品か失敗作か?

コロナ禍で映画業界は、すっかり先行きが見えなくなってしまった。ハリウッド映画の公開は延期に次

記事を読む

『ドグラ・マグラ』 あつまれ 支配欲者の森

夢野久作さんの小説『ドグラ・マグラ』の映画版を久しぶりに観た。松本俊夫監督による1988年の

記事を読む

『チェンソーマン』 サブカル永劫回帰で見えたもの

マンガ『チェンソーマン』は、映画好きにはグッとくる内容だとは以前から聞いていた。絵柄からして

記事を読む

『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』 映画鑑賞という祭り

アニメ版の『鬼滅の刃』がやっと最終段階に入ってきた。コロナ禍の

『ひとりでしにたい』 面倒なことに蓋をしない

カレー沢薫さん原作のマンガ『ひとりでしにたい』は、ネットでよく

『舟を編む』 生きづらさのその先

三浦しをんさんの小説『舟を編む』は、ときどき日常でも話題にあが

『さらば、我が愛 覇王別姫』 眩すぎる地獄

2025年の4月、SNSを通して中国の俳優レスリー・チャンが亡

『ケナは韓国が嫌いで』 幸せの青い鳥はどこ?

日本と韓国は似ているところが多い。反目しているような印象は、歴

→もっと見る

PAGE TOP ↑