『ロッキー』ここぞという瞬間はそう度々訪れない
『ロッキー』のジョン・G・アヴィルドセン監督が亡くなった。人生長く生きていると、かつて自分が影響を受けた作品の監督やら役者やら、どんどんこの世を去ってしまう。諸行無常とはまさにこのこと。ご冥福をお祈り致します。
『ロッキー』といえば、シルベスター・スタローンの一大出世作。本作の脚本を書いているスタローンは、当時うだつのあがらない、売れない役者さん。自分の心境とシンクロさせた脚本の初稿を一夜で書きあげたとか。なにか掴んだのだろう。
自分にとって『ロッキー』という映画は、小学校低学年のとき、学校での芸術鑑賞会という授業で、体育館で16ミリ版の本作を観た記憶がある。生まれて初めて、吹き替えではなく、字幕版の映画を観たので、ちょっぴりオトナになれた気分だった。当時、ストーリーをどこまで理解できていたかわからない。ロッキーが生卵を何個も一気飲みしてるのに「スゲー」と声をあげてたっけ。クライマックス前に早朝のフィラデルフィア美術館の階段を駆け上がる場面でアツくなったのも覚えている。子どもの感性はいつも本質はとらえている。子どもを侮ることはできない。
ときに映画には、人知を超えた助力が働いたりする。それはつくり手たちが純粋に、真摯な姿勢でその映画に取り組んでいるとき、そこにいる人たちの能力をはるかに超える結果へと誘ってくれるもの。あたかも映画の神様が味方についてくれた感じ。そのチャンスに気づけるかどうかも、そこにいるスタッフキャストの素直さが試される。良い作品をつくりたい欲はある。でもその欲を捨てたときにはじめて発揮される力。なんとも皮肉な駆け引き。
この『ロッキー』には、そんな力が作用している。
主人公ロッキーが、デートに誘ったエイドリアンとのスケート場の場面がある。閉店間際に駆け込んできたロッキーたちに、スケート場の店員はイヤな顔をする。「もう閉めるところだったんだ!」そこをロッキーが頼み込んで、エイドリアンだけスケートをする。ふたりがおしゃべりしながら滑っていると、奥から「あと何分だからな!」と店員がヤジを飛ばす。危うげなふたりが危うげな状況下で距離を縮めていく大事な場面。
この場面、脚本では客の大入りのスケート場での設定だったらしい。予算の関係でエキストラを雇えず、ガラガラのスケート場になってしまった。閉店間際になったのは監督の苦肉の策。てっきりスケートができるものと思っていたエイドリアン役のタリア・シャイアは、スケートなんかできやしない。華麗に滑るエイドリアンの姿を予想していたであろうアヴィルドセン監督とスタローン。さぞかし肩透かしを食らったろう。でもそのまま、その場面を撮影した。
結果として、危うげな滑りのエイドリアンをロッキーが寄り添いながら会話する場面に仕上がった。寂れた閉店間際のスケート場で、奥では店員がイラついてる。不安定でけっしてかっこいい場面ではないが、ロッキーとエイドリアンが心を開いていく印象的な場面となった。これが脚本通りに撮れていたら、凡庸でつまらない場面となっていただろう。
『ロッキー』は大ヒットして、続編がどんどんつくられた。しかも監督はアヴィルドセンに代わって主演のスタローンが兼任していく。80年代のハリウッドムービーは、ブロックバスターの軽く明るい映画が主流。映画『ロッキー』シリーズも、わかりやすい勧善懲悪の単純なストーリー展開、流れるようなMTV調の演出で突っ走る。当時の旧ソ連との冷戦状態を題材にしたパート4は大ブームだった。
でもいま観直してみると、この続編たちは、ストーリーも演出も、あまりに図式通りの予定調和で、なんとなく物足りない。時代を超えるウェルメイド作は、残念ながらシリーズ第1作だけだったかも?
何かのインタビューでスタローンは、「第1作のラストシーンは、ロッキーの人生やこの映画シリーズの最高潮の瞬間で、以降これ以上のカタルシスは来なかった」と言っていた。
ロッキーがチャンピオンに挑戦した試合の決勝が決まる。メディアがリングに集まる。ロッキーはリングの上で、恋人エイドリアンを探してる。エイドリアンもリングのロッキーに駆け寄りたい。人混みを縫ってリングへ向かう。ビル・コンティの音楽が鳴り響く。勝敗なんて関係ない。なんとかふたりがリングで出会って抱き合う。そして映画は幕を閉じる。
スタローンの魅力は、悲しげな立ち姿にある。孤独で影を背負った男がひとり、街を彷徨う。それだけで絵になる俳優。
でもスタローンは、そんな暗い自分にはコンプレックスがあったのだろう。『ロッキー』も、彼のもう一つの代表作『ランボー』も、体つきはマッチョだけど哀愁漂う男だったのが、いつの間にか本当に超人的なスーパーヒーローに変貌してしまう。
自分が思い描く自分と、他人が感じてる自分の姿は違う。その乖離が大きいと、生きていくのに支障さえおきてくる。幸いスタローンは時代が味方についてくれて、彼の理想とするスーパーヒーローを世の中が歓迎してくれた。自分も当然、サバイバーやミスターT、ドルフ・ラングレンは大好き。笑えるし。
でもやっぱり映画『ロッキー』の最大の見せ場は、第1作のラストシーン。あとは後日談に過ぎない。あのラストシーンは永遠。
なんだかまた『ロッキー』が観たくなってきた。もちろん第1作。しかも今年は日本公開40周年記念だとか。さあ、あのラストシーンに向けて心ときめかせよう。
「エイドリア〜ン‼︎」
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