*

『パンダコパンダ』自由と孤独を越えて

公開日: : 最終更新日:2019/06/12 アニメ, 映画:ハ行,

子どもたちが突然観たいと言い出した宮崎駿監督の過去作品『パンダコパンダ』。ジブリアニメが好きなウチの子たちは、『となりのトトロ』にそっくりなパンダの親子のビジュアルにすぐ飛びついた。このアニメには、のちの宮崎作品のエッセンスがいっぱいつまっている。自分もずいぶん久しぶりにこの作品を観た。

このアニメ作品は、保護者不在の一人暮らしの小学低学年のミミ子ちゃんが主人公。ミミ子ちゃんが、不思議なパンダの親子と出会い、疑似家族となっていくというお話。

主人公のミミ子ちゃんは、赤毛でツインテール。このデザインで、スウェーデンの児童文学『長くつ下のピッピ』をすぐ思い出す。ピッピも両親不在の一人暮らし。相棒にサルはいるけど、喋れるわけではない。ピッピは家事全般自分でできる。親に叱られることもないので、自由気ままに暮らしている。読者の子どもたちは、自分と同年代の子がたくましく自立している姿に憧れ、ピッピの生活に「いいな〜」と溜め息をつく。

自由というものには、必ず孤独というものがついてくる。自由になりたいのなら、孤独も同時に受け入れなければいけない。ときおりみせるピッピのさみしそうな姿の描写に、果たして子どもたちは気づいているのだろうか?

この『パンダコパンダ』のミミ子ちゃんは、自由ではあるけれど、けして孤独ではない。一人暮らしをはじめた瞬間、パンダコパンダと出会えてしまう。このパンダの親子はどんなトラブルも、そつなく乗り越えてしまう。さまざまな事件は起こるが、とにかくハッピーに解決していく。ストーリー性を楽しむというよりは、パンダコパンダの愛らしい動きに笑っていればいい。この世界には悪人はおらず、みんな優しい良い人ばかり。善意で溢れかえっいる。嘘っぱちの世界だが、ポジティブなものしかない世界はとても居心地がいい。逆境でも前向きにとらえられる子どもの視点で見た世界なのだろう。

ブッダがまだ修行前、王子だった頃、父王は息子にネガティブなものをみせないようにした。死人や老人、病人や貧しい者を王子から遠ざけた。王子は世界は幸福に満ちていて、不幸な人など存在しないと信じていただろう。あるときそれが違うと気づき、修行の道へと向かうきっかけとなってしまう。父王の過保護がかえって、王子の親離れ俗世間離れへのモチベーションに拍車をかけてしまった。なぜかそんなことを思い出した。

『パンダコパンダ』のすべてが優しい世界観は、子どもの頃だったら夢いっぱいでたいへんよろしいことだと思う。この世界観を踏襲したジブリアニメは、けっきょく大人をターゲットにした映画となっていく。世の中には優しい人しかおらず、敵となる悪党は、本当に極悪人のサイコパス。こんな敵ならいなくなってほしいと誰もが思えるキャラクター。完全なる勧善懲悪。白黒はっきりした世界。

日本は世界でも有名なくらい、白黒はっきりしないグレーな独自の文化を持つ国。和を保つことを重視した弊害で、本音をはっきり言うことを野暮とされ、嫌われる対象となってしまった。海外のビジネスマンが、日本人ほど読めない仕事相手はないと、対応に困っているなんて話はよく聞く。グレー社会とひとことで言っても、レンジの振れ幅は大きい。限りなく白に近いグレーもあれば、限りなく黒に近くたって、グレーには変わりない。これでは息が詰まってしまう。

そんな生きづらさを解放するがごとく、のちのジブリ作品も、善人ばかりが出てくる優しい世界が描かれた。多くの日本人がそれを無意識のうちに求めていったのかも知れない。人生の辛さをとりあえず伏せて、観客をちょっと過保護にする。

とかく日本で生まれるキャラクターは、異常に優しく可愛らしいものばかりが目立つ。海外キャラクターにみられる意地悪な要素なんて微塵もない。日本ではジブリ作品はメジャー映画であっても、ひとたび海外へでれば芸術作品となってしまう。この温度差はなんだろう?

自分を含め結構みんな、つらい現実に疲れきっているからこそ、ジブリアニメに救いを求めてしまったのかも知れない。優しい世界観に癒されたい人が、思いの外多いのかも。残念ながら、きっとこれは、制作者の意図とは違った化学反応だったのだろうけど。

関連記事

no image

『桐島、部活やめるってよ』スクールカーストの最下層にいたあの頃の自分

  原作小説と映画化、 映画公開後もものすごく話題になり、 日本アカデミー賞を総

記事を読む

『欲望の時代の哲学2020 マルクス・ガブリエル NY思索ドキュメント』流行に乗らない勇気

Eテレで放送していた哲学者マルクス・ガブリエルのドキュメンタリーが面白かった。『欲望の時代の

記事を読む

『デザイナー渋井直人の休日』カワイイおじさんという生き方

テレビドラマ『デザイナー渋井直人の休日』が面白い。自分と同業のグラフィックデザイナーの50代

記事を読む

『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』 結束のチーム夫婦も前途多難⁉︎

2016年に人気だった『逃げるは恥だが役に立つ』、通称『逃げ恥』の続編スペシャル版。なんとな

記事を読む

『THE FIRST SLAM DUNK』 人と協調し合える自立

話題のアニメ映画『THE FIRST SLAM DUNK』をやっと観た。久しぶりに映画館での

記事を読む

『アフリカン・カンフー・ナチス』 世界を股にかけた厨二病

2025年の今年は第二次世界大戦から終戦80周年で節目の年。それもあってか終戦記念日の8月近

記事を読む

no image

『るろうに剣心』マンガ原作というより、大河ドラマの続編

  自分は実は『るろうに剣心』の マンガもアニメも未見。 でもこの映画を観たいと

記事を読む

『窓ぎわのトットちゃん』 他を思うとき自由になれる

黒柳徹子さんの自伝小説『窓ぎわのトットちゃん』がアニメ化されると聞いたとき、自分には地雷臭し

記事を読む

no image

『坂本龍一×東京新聞』目先の利益を優先しない工夫

  「二つの意見があったら、 人は信じたい方を選ぶ」 これは本書の中で坂本龍

記事を読む

『チェブラーシカ』 哀愁の旧ソ連名残

なんでも5年ぶりに 新作が作られた『チェブラーシカ』。 こんどは本家ロシア産なのかな?

記事を読む

『教皇選挙』 わけがわからなくなってわかるもの

映画『教皇選挙』が日本でもヒットしていると、この映画が公開時に

『たかが世界の終わり』 さらに新しい恐るべき子ども

グザヴィエ・ドラン監督の名前は、よくクリエーターの中で名前が出

『動くな、死ね、甦れ!』 過去の自分と旅をする

ずっと知り合いから勧められていたロシア映画『動くな、死ね、甦れ

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チ

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

→もっと見る

PAGE TOP ↑