*

『モアナと伝説の海』 ディズニーは民族も性別も超えて

公開日: : 最終更新日:2021/08/17 アニメ, 映画:マ行, 音楽

ここ数年のディズニーアニメはノリに乗っている。公開する新作がどれも傑作で、興行的にも世界中で成功している。この『モアナと伝説の海』も、その上昇気流を途絶えることなく、さらにパワーアップした作品になっている。上映終了後、自分は相当テンションが上がっていたのだが、一緒に観た我が子たちの反応は意外とドライだった。最高のエンターテイメントに、すっかり悪い意味で慣れてしまっている。クリエイターたちの努力を想像できなくなってしまうのはよろしくない。インプットだけでなく、アウトプットも教えていかないと!

本編中、テーマ曲である『How Far I’ll Go』のフレーズがリプライズされるたび、体温が1〜2℃あがる。ストーリーや登場人物に感情移入する前に、映像と音楽による演出技術の素晴らしさに圧倒! 状況設定の説明や、登場人物の紹介など、まどろっこしいところはミュージカルでスルスル見せちゃう。だからあっという間に大団円になってしまう。本編のほとんどがモアナとマウイ二人だけの場面なのに、スケールが小さくならない。

『モアナと伝説の海』のストーリーの雛形は、古典的でオーソドックスなもの。目指しているのは、ストーリー展開での新しさではない。万人が楽しめる作品というものは、基本はわかりやすい。斬新すぎる作品だと、かっ飛びすぎて観客が理解できない。物語のあらすじは原稿用紙三行で説明できなければ、エンターテイメントにはなりにくい。

じゃあ『モアナ』は、従来どおりの過去作品をなぞった無個性の映画なのかと思ったらさにあらず。この『モアナ』も、ディズニープリンセスものの系譜に入るだろうけど、ラブストーリーの要素がまったくない。モアナと冒険の旅に同行する男・マウイは、伝説の英雄の神。ふたりの間にあるのは、目的を同じくした相棒の関係性。プリンセスものでありながら、王子様不在のバディムービーというのが新しい。ジェンダーレスとなった現代では、男女のカップルと限定してしまうと、万人が感情移入し難くなっているのかもしれない。男女間の恋愛が、誰にでも理解できるアイコンだった時代は終わったらしい。

ファンタジーの主人公にはマスコットキャラクターはつきもの。今回のモアナにもマスコットキャラがいる。小さくて可愛くて、主人公を助けるマスコットキャラは、この子かな?と思わせて逆手にとった皮肉もイイ。ディズニーのぬいぐるみを売りたい商魂に対して自虐的。

悪の力を鎮めるための冒険の旅に出る。そんな選ばれし若者は、今までは少年の役割と決まっていた。ひ弱でも意志の強い少年が、旅をしていくうちにたくましくなっていき、仲間をつくっていく。その少年が担ってきた役割を、少女のモアナが背負っていく。しかもモアナはひ弱ではない。運動神経が良く、度胸もある。これでは世の少年たちの立場がない。モアナのやってることはかなりマッチョ。相棒のマウイも筋肉隆々の無骨なルックス。普通なら怖いキャラクターになりそうなのに、魅力的でチャーミングにデザインされている。

ディズニー作品で有色人種を描いた作品は、過去にもいくつかあったが、やっと可愛く描けるようになった。ポリネシアンらしい見栄えで、どの国の人が見ても好きになれそうなキャラクターを造形するのは至難の技だ。

確か映画公開前だったか、モアナのぬいぐるみを発売しようとしたら、ポリネシア系の人たちから不快感を訴えられて、発売中止になったことがあった。ディズニーとしては、世界中の人に愛される作品にしたいから、これは不本意。抗議したポリネシアンたちは、どんなふうに受け止めたのだろうか?

映画はポリネシアンに対しての敬意に満ち溢れている。登場人物の名前も、ポリネシアにまつわるネーミングばかり。ちなみに「モアナ」はハワイ語で「太平洋」の意味らしい。

緑や海に囲まれた生活。自然信仰や先祖への畏敬の念。民族音楽や舞踊。どれもが魅力的で映画になる要素。大いなるものに生かされているという概念。神秘的で人間らしい生活。憧れてしまう。

でもモデルになったポリネシアンからしたら違和感があるのかもしれない。自分はポリネシアの民族舞踊のハカが好き。闘いの前に敵を威嚇するためのダンス。勇ましくもユーモラス。それをマウイがバトルシーンでやっていたのが楽しかった。

当事者のポリネシアンからしたら、このニュアンスは違うのかも。ポリネシアンの誰もが民族舞踊踊れるわけじゃないよとか、もっと西洋化した生活送ってるよとかあるのかも? そんな感じで引っかかると、きっとシラけちゃうだろうな。不快感を訴えたポリネシアンは、映画本編を観たのかしら? 充分誇らしい作品になっていたと感じるのは、第三者だからかな?

そういえばディズニー過去作の『ムーラン』は中国が舞台だった。確かに同じアジア人として違和感があった。キャラクターも可愛くなかったし。そうなると「いったい誰がこの映画を観るの?」となってしまう。

例えば海外の映画で日本が描かれているときに「なんか違う」と思ったとき、自分は「これはファンタジーなんだ」と早々に割り切って観てしまう。そうするとあまり気にならないものだ。逆に現実との違いにツッコミ入れて笑っている。抗議には保守的なものも感じるが、それですぐ取り下げたディズニーは英断。もっと愛されるキャラクター商品を開発するきっかけになるのだろうから、さらにディズニー帝国は巨体になりそうだ。

映画が始まってからすぐ、「ああ、ハワイに行きたいな〜」と感じさせられる。この映画をきっかけにハワイやニュージーランドの観光が盛り上がるような二時効果が生まれたら、さらに楽しいだろう。

関連記事

『ダンダダン』 古いサブカルネタで新感覚の萌えアニメ?

『ダンダダン』というタイトルのマンガがあると聞いて、昭和生まれの自分は、真っ先に演歌歌手の段

記事を読む

no image

『ロッキー』ここぞという瞬間はそう度々訪れない

『ロッキー』のジョン・G・アヴィルドセン監督が亡くなった。人生長く生きていると、かつて自分が影響を受

記事を読む

no image

『君の名は。』株式会社個人作家

  日本映画の興行収入の記録を塗り替えた大ヒット作『君の名は。』をやっと観た。実は自

記事を読む

『スカーレット』慣例をくつがえす慣例

NHK朝の連続テレビ小説『スカーレット』がめちゃくちゃおもしろい! 我が家では、朝の支

記事を読む

『クラッシャージョウ』 日本サブカル ガラパゴス化前夜

アニメ映画『クラッシャージョウ』。1983年の作品で、公開当時は自分は小学生だった。この作品

記事を読む

no image

『東のエデン』事実は小説よりも奇なりか?

  『東のエデン』というテレビアニメ作品は 2009年に発表され、舞台は2011年

記事を読む

『tick, tick… BOOM! 』 焦ってする仕事の出来栄えは?

毎年2月になると、アメリカのアカデミー賞の話が気になる。エンターテイメント大国のアメリカでは

記事を読む

『ニュー・シネマ・パラダイス』 昨日のこと明日のこと

『ニュー・シネマ・パラダイス』を初めて観たのは、自分がまだ10代の頃。当時開館したばかりのシ

記事を読む

『アメリカン・ユートピア』 歩んできた道は間違いじゃなかった

トーキング・ヘッズのライブ映画『ストップ・メイキング・センス』を初めて観たのは、自分がまだ高

記事を読む

no image

『くまのプーさん』ハチミツジャンキーとピンクの象

  8月3日はハチミツで、『ハチミツの日』。『くまのプーさん』がフィーチャーされるの

記事を読む

『侍タイムスリッパー』 日本映画の未来はいずこへ

昨年2024年の夏、自分のSNSは映画『侍タイムスリッパー』の

『ホットスポット』 特殊能力、だから何?

2025年1月、自分のSNSがテレビドラマ『ホットスポット』で

『チ。 ー地球の運動についてー』 夢に殉ずる夢をみる

マンガの『チ。』の存在を知ったのは、電車の吊り広告だった。『チ

『ブータン 山の教室』 世界一幸せな国から、ここではないどこかへ

世の中が殺伐としている。映画やアニメなどの創作作品も、エキセン

『関心領域』 怪物たちの宴、見ない聞かない絶対言わない

昨年のアカデミー賞の外国語映画部門で、国際長編映画優秀賞を獲っ

→もっと見る

PAGE TOP ↑