*

『野火』人が人でなくなるところ

公開日: : 最終更新日:2019/06/13 映画:ナ行, 映画館,

塚本晋也監督の『野火』。自分の周りではとても評判が良く、自分も観たいと思いながらなかなか観れずにいた映画。これはビデオではなく、劇場で観たかった。運良く名画座『アミューあつぎ映画.comシネマ』で観ることができた。事前の塚本監督のインタビューコメントが、尋常でないほど力強く、この映画はタダモノではない感が伝わってきた。それなりに心して観たつもりでしたが、もの凄い作品でした。

劇場に集まった観客は年配の女性が多く、一人で来ている人も誰もがなんとなく知性的な雰囲気。子連れで来ている人もいた。作品がPG-12だから、中学生ぐらいなのかな。上映前に劇場の方が、作品の説明をしてくれました。先日塚本監督が舞台あいさつに来られたことのお話も。作品との距離がグッと近づきました。映画館はいろいろ通ったけれど、ここまで映画愛に溢れた劇場は初めてです。

塚本晋也監督と言うと『鉄男』や『妖怪ハンターヒルコ』など、ホラー映画のイメージがあるが、この『野火』は第二次大戦中のレイテ島が舞台。主人公の兵の視点で、観客も戦場へ駆り出される。戦争の疑似体験だ。安全な劇場で観ているにもかかわらず、この最初から最後までの地獄絵図に、本当に恐ろしくて仕方なかった。上映終了後は情け無いことに、足がガクガクになっていた。実際に観てみなければわからない、体感する映画だ。最近ではタイプが違うけど、『マッドマックス』の新作なんかも同じ体感する映画。感想が言葉じゃ追いつかない。理屈じゃないのね。

この映画は海外の映画祭でも評判が良かったが、残虐な場面が多過ぎやしないかと批判もあったらしい。悪趣味なくらいの残虐描写の連続。塚本監督はあえて残虐な場面を追加撮影したくらいらしい。実際はもっと残虐なはずだと。

スピルバーグが『プライベート・ライアン』のとき、大袈裟なくらいの表現をしないと、観客に実際の雰囲気は伝わらないと言っていた。戦争体験者が多かった時代では、戦争の残虐場面を直接描くのは野暮とされていた。戦争で死ぬということはどんなことか、多くの人が想像できたからだ。しかし日本は戦後70年。戦争を知らない人がほとんど。もうズバリそのものもを描いてもらわなくては、我々の想像力では、戦争をイメージできない。これは今だからこその戦争映画なのだろう。塚本監督は元帰還兵にインタビューをしたとのこと。この残虐描写は、その上での判断なのだろう。

この映画は低予算の自主映画。資金繰りが間に合わず、塚本監督が私財をなげうって制作したと聞きます。戦争を美化する作品ばかりが目につく現在の日本映画界。戦争映画はプロパガンダの象徴だから、普通は国内完結型。海外へ持って行けるような作品なら政治映画ではない可能性が高い。ましてや外国人が日本の戦争映画を評価してくれるならなおのこと。塚本監督はもっと潤沢な資金のもとでこの映画をつくりたかったらしいが、今作らなければもう作れない時代になりそうだと、慌てて作ったらしいです。自分も、この映画は日本での公開は難しいのかと危惧していました。とても怖いことです。

塚本監督は、次の戦争が近づいてきているようでならないと言っています。また、日本は戦争の被害者だけでなく、加害者にもなっているのだとも語っています。ただ、映画自体には、政治的メッセージはまったくのせていません。あくまで観客が感じるものに委ねています。

この90分に満たない上映時間。とんでもなくキツイ時間。良い意味で、もう観たくない映画。これが現実になったらたまらない。この上映時間で、映画館という安全な場所で観ていても、トラウマになりそうだ。もし戦場に駆り出されてしまったら、3日もしないうちに、おかしくなってしまうだろうな。

一度戦争に関わってしまうと、生きて帰れたから良かった、ではすまされない。たとえ五体満足に帰還できたとしても、心の傷は一生治ることはない。

この映画『野火』の戦争疑似体験は、観客に戦争への想像力を大いに高めさせてくれる、大切なコンテンツとなることだろう。

関連記事

『プライドと偏見』 あのとき君は若かった

これまでに何度も映像化されているジェーン・オースティンの小説の映画化『プライドと偏見』。以前

記事を読む

『うる星やつら 完結編』 非モテ男のとほほな詭弁

2022年の元日に『うる星やつら』のアニメのリメイク版制作の発表があった。主人公のラムが鬼族

記事を読む

『護られなかった者たちへ』 明日は我が身の虚構と現実

子どもの学校の先生が映画好きとのこと。余談で最近観た、良かった映画の話をしていたらしい。その

記事を読む

no image

『赤ちゃん教育』涙もろくなったのは年齢のせいじゃない?

  フランス文学の東大の先生・野崎歓氏が書いた育児エッセイ『赤ちゃん教育』。自分の子

記事を読む

no image

『猿の惑星: 創世記』淘汰されるべきは人間

  『猿の惑星:創世記』。 もうじき日本でも本作の続編にあたる 『猿の惑星:新世

記事を読む

no image

『生きる』立派な人は経済の場では探せない

  黒澤明監督の代表作『生きる』。黒澤作品といえば、時代劇アクションとなりがちだが、

記事を読む

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 特殊能力と脳障害

いま中年に差し掛かる年代の男性なら、小学生時代ほとんどが触れていた『機動戦士ガンダム』。いま

記事を読む

『DUNE デューン 砂の惑星』 時流を超えたオシャレなオタク映画

コロナ禍で何度も公開延期になっていたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF超大作『DUNE』がやっと

記事を読む

『マッシュル-MASHLE-』 無欲という最強兵器

音楽ユニットCreepy Nutsの存在を知ったのは家族に教えてもらってから。メンバーのDJ

記事を読む

no image

『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』天才と呼ばれた普通の父親たち

  なんともうまいタイトルの本。本屋さんをブラブラしていたら、水木しげるさんの追悼コ

記事を読む

『ブラッシュアップライフ』 人生やり直すのめんどくさい

2025年1月から始まったバカリズムさん脚本のドラマ『ホットス

『枯れ葉』 無表情で生きていく

アキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』。この映画は日本公開されてだ

『エイリアン ロムルス』 続編というお祭り

自分はSFが大好き。『エイリアン』シリーズは、小学生のころから

『憐れみの3章』 考察しない勇気

お正月休みでまとまった時間ができたので、長尺の映画でも観てみよ

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』 あらかじめ出会わない人たち

毎年年末になるとSNSでは、今年のマイ・ベスト10映画を多くの

→もっと見る

PAGE TOP ↑