『野火』人が人でなくなるところ
塚本晋也監督の『野火』。自分の周りではとても評判が良く、自分も観たいと思いながらなかなか観れずにいた映画。これはビデオではなく、劇場で観たかった。運良く名画座『アミューあつぎ映画.comシネマ』で観ることができた。事前の塚本監督のインタビューコメントが、尋常でないほど力強く、この映画はタダモノではない感が伝わってきた。それなりに心して観たつもりでしたが、もの凄い作品でした。
劇場に集まった観客は年配の女性が多く、一人で来ている人も誰もがなんとなく知性的な雰囲気。子連れで来ている人もいた。作品がPG-12だから、中学生ぐらいなのかな。上映前に劇場の方が、作品の説明をしてくれました。先日塚本監督が舞台あいさつに来られたことのお話も。作品との距離がグッと近づきました。映画館はいろいろ通ったけれど、ここまで映画愛に溢れた劇場は初めてです。
塚本晋也監督と言うと『鉄男』や『妖怪ハンターヒルコ』など、ホラー映画のイメージがあるが、この『野火』は第二次大戦中のレイテ島が舞台。主人公の兵の視点で、観客も戦場へ駆り出される。戦争の疑似体験だ。安全な劇場で観ているにもかかわらず、この最初から最後までの地獄絵図に、本当に恐ろしくて仕方なかった。上映終了後は情け無いことに、足がガクガクになっていた。実際に観てみなければわからない、体感する映画だ。最近ではタイプが違うけど、『マッドマックス』の新作なんかも同じ体感する映画。感想が言葉じゃ追いつかない。理屈じゃないのね。
この映画は海外の映画祭でも評判が良かったが、残虐な場面が多過ぎやしないかと批判もあったらしい。悪趣味なくらいの残虐描写の連続。塚本監督はあえて残虐な場面を追加撮影したくらいらしい。実際はもっと残虐なはずだと。
スピルバーグが『プライベート・ライアン』のとき、大袈裟なくらいの表現をしないと、観客に実際の雰囲気は伝わらないと言っていた。戦争体験者が多かった時代では、戦争の残虐場面を直接描くのは野暮とされていた。戦争で死ぬということはどんなことか、多くの人が想像できたからだ。しかし日本は戦後70年。戦争を知らない人がほとんど。もうズバリそのものもを描いてもらわなくては、我々の想像力では、戦争をイメージできない。これは今だからこその戦争映画なのだろう。塚本監督は元帰還兵にインタビューをしたとのこと。この残虐描写は、その上での判断なのだろう。
この映画は低予算の自主映画。資金繰りが間に合わず、塚本監督が私財をなげうって制作したと聞きます。戦争を美化する作品ばかりが目につく現在の日本映画界。戦争映画はプロパガンダの象徴だから、普通は国内完結型。海外へ持って行けるような作品なら政治映画ではない可能性が高い。ましてや外国人が日本の戦争映画を評価してくれるならなおのこと。塚本監督はもっと潤沢な資金のもとでこの映画をつくりたかったらしいが、今作らなければもう作れない時代になりそうだと、慌てて作ったらしいです。自分も、この映画は日本での公開は難しいのかと危惧していました。とても怖いことです。
塚本監督は、次の戦争が近づいてきているようでならないと言っています。また、日本は戦争の被害者だけでなく、加害者にもなっているのだとも語っています。ただ、映画自体には、政治的メッセージはまったくのせていません。あくまで観客が感じるものに委ねています。
この90分に満たない上映時間。とんでもなくキツイ時間。良い意味で、もう観たくない映画。これが現実になったらたまらない。この上映時間で、映画館という安全な場所で観ていても、トラウマになりそうだ。もし戦場に駆り出されてしまったら、3日もしないうちに、おかしくなってしまうだろうな。
一度戦争に関わってしまうと、生きて帰れたから良かった、ではすまされない。たとえ五体満足に帰還できたとしても、心の傷は一生治ることはない。
この映画『野火』の戦争疑似体験は、観客に戦争への想像力を大いに高めさせてくれる、大切なコンテンツとなることだろう。
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